Weddings Beautiful Japan について

ウエディングスビューティフルジャパン(WBJ)代表 葛和 フクエ

ウエディングスビューティフルジャパン(WBJ)代表

葛和 フクエ

「人を育て、人を支える。誇りあるウエディング・スペシャリストが集う場に」

欧米諸国のパーティー文化に親しむうちにブライダル事業の魅力に目覚め、自宅をゲストハウスにして参加者全員が楽しめる「ハウス・ウエディング」を1989年に始めました。

【ホスピタリティー】という言葉が一般的に使われる前から、当社ではおもてなしの心を企業理念とし、常にクオリティーを追求した、お客様が心から満足してくださるこだわりのウエディングを提供しています。

上質で個性的、真心のこもったウエディング・プロデュースは、自立したスペシャリストにしか担えない。そんな思いから、2000年に米国のウエディングプランナー認定資格「ウエディングスビューティフル」の日本支部を設立し、優秀な人材の育成にも力を注いできました。卒業生はプランナー職にとどまらず、ブライダルの幅広い分野で活躍しています。

そして今、求められているのは 「人」を通じた業界全体の活性化と信じ、人材サービス事業をスタートさせました。ブライダルの現場を持ち、教育を大切にしてきた私達だからこそ、働く人・ 企業双方のニーズを的確に把握できると自負しています。これまで培ってきたノウハウのすべてを生かし、ウエディング・スペシャリストたちの幸せと、業界のさらなる発展のために力を尽くします。

Weddings Beautifulの歩み

ウエディングスビューティフルワールドワイド(WBW)は、1951年設立のナショナル・ブライダル・サービス(NBS = 米国で最も伝統のあるブライダル業界団体)の教育・研修機関です。

ウェディングスビューティフルワールドワイド(WBW) 前代表ドリス・ニクソン女史

ウエディングスビューティフルワールドワイド(WBW)前代表

ドリス・ニクソン女史

当時のアメリカの結婚式はホームパーティー・スタイルで、家族にとって準備が大きな負担になっていました。そのためソーシャル・セクレタリー(社交上の秘書)と呼ばれる役割が自然発生的に生まれ、花嫁の友人や親戚などが家族に代わって挙式や披露パーティーの手配を担っていました。こうした状況をいち早く察した NBSは、ソーシャル・セクレタリーのプロを養成するプログラムを開発し、ウエディングスビューティフルと名づけました。

ドリス・ニクソン女史(WBW・前代表)は、創設時の修了生の一人であり、その後ウエディング・プロデューサーとして活躍するかたわら、この教育プログラムを時代のニーズに合わせ改良、発展させてきました。1960年代には、「認定ウエディングスペシャリスト」の資格が米国で確立、認知されるようになりました。

ウェディングスビューティフルワールドワイド(WBW) 現代表ナンシー・タッカー女史

ウエディングスビューティフルワールドワイド(WBW)現代表

ナンシー・タッカー女史

半世紀以上におよぶドリス・ニクソン女史の功績を引き継ぎ、現在ウエディングスビューティフルワールドワイド(WBW)の代表の任にあるのがナンシー・タッカー女史です。
WBWは、北東アジアを統括する日本を始め、ヨーロッパ、フィリピン、バハマ、ケニア(アフリカ統括)などの各支部を擁し、文字通りワールドワイドに活躍するウエディングスペシャリストの総拠点の要としての活動に従事しています。

とりわけ、世界のさまざまな市場から注目を浴びているアジア地区を統括、2000年からアメリカに次ぐ精力的な活動を続けている日本のウエディングスビューティフルジャパン(WBJ)とのパートナーシップの密度の濃さは折り紙つきで、ドリス女史からタッカー女史にバトンタッチされて以降も順調に続いています。

WBJから輩出されるウエディングスペシャリストの数が年々、増加の一途をたどっていることにタッカー女史は「大きな勇気と喜びを感じています」と世界的な広がりに向けた動きに大いに力づけられていると語っています。

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